10月9日 (第2日目) さるさんと一緒に南房総へ
![]() ![]() ![]() 9時を少し回ったところでホテルを出発し、 ![]() ![]() 奥様が僅かながら庭でプランターガーデンを楽しまれているということで、生意気にも家庭菜園についてひとくさりやっていると、この時期に珍しい胡瓜が!! 訊ねたところお国(ロシア)から持ち帰られたという胡瓜だそうで、種が他にもあるということで2袋も頂いた。 片方はピクルスに適しているのだそうで、来年は早速試してみようと思っています。 ![]() ![]() 高速には乗らずに、さりとて混雑する国道は避けながらということで、ぴったり後ろについて走り始めたが、何と何とあまり信号もなく車の混雑もなく、最初の目的地「野島崎灯台」に向けて快適に進み、昼食という ![]() 全く目立たない場所で遠目には普通の民家としか見えないような佇まいで、休日には列をなして場合によっては売り切れご免で食べられないこともあるとか。 ここの限定という特性醤油ラーメン(980円)を食べましたが、流石にこだわりがあると言うだけのことはあって、出汁の良く聞いた美味しいラーメンでしたね。 ![]() ![]() これで本州最南端の紀伊半島の潮の岬と伊豆半島の石廊崎、そして房総半島の野島崎には立ったことになるが、残念ながら太平洋側のみで、まだ日本海側の半島先端には立ったことはない。 ほぼ40分ほど灯台の周りを歩きましたが、半島の先端の岩場のところに少し錆びたベンチがありましたが、夕日を見ながら感傷に浸るというのもいいのでしょうが、時間もないことで次の目的地の鋸山に向いました。 ![]() ![]() そしてケーブルカーで上に着いたが、ここから大仏を見て展望台を回ってケーブルカーに戻るには、何とあるいて90分も掛かるということだが、ここまで来たからには行くしかない。 道中祠の中に羅漢像が数多く祭られていたが、それらには目もくれずにひたすら下り坂を大仏まで一直線で進んだが、その前で流石にその大きさには圧倒されました。 さて、ここからが問題で、勢い良く大仏前まで下ってきたのは良かったが、展望台までは今度は階段を上がっていくしかないのだが、 ![]() 写真左は、鋸山で一番の名所となっている「地獄のぞき」で、 ![]() 既にこの時点で5時少し前になってきていましたので、ケーブルカーで下に向かう頃にはだいぶ日も傾いてきて、写真の写りもいまいちになってしまいましたが、東京湾の向うには三浦半島方面や、金谷港から久里浜港に向うフェリーもはっきり見えていました。 房総半島はここを最後として、この後は館山自動車道を走り市原ICでさるさんとお別れをして、宇野木JCTで京葉道路経由で都内の義兄宅には6時半に無事到着しました。 10月10日 (第3日目) 東京から御殿場経由で自宅へ ![]() ![]() 今日は昨夜義兄に嫁いだ長姉に私の生れた場所を聞いておいたので、戦災でここを離れてから今迄に一度も来ようとも思わなかったが場所で今更ならの話ではあるが初めて訪れてみた。 写真右がその辺りですが、既に逝った両親からは家のあったところから ![]() この場所から最初に両国の国技館(写真左)まで走りましたが、 ![]() ![]() ![]() ![]() この後で、本当はNHKの朝の連ドラ「瞳」の舞台となった「月島」に行く予定をしていましたが、上野〜秋葉原に行くことが頭の中で優先して、残念ながら行きそびれてしまいました。 この後は上野に回って、秋葉原で少し電気街をぶらついてから首都高経由で東名高速に出て御殿場に向いました。 ![]() ![]() ということで、富士霊園に入って本田さんのお墓にお参りをしてきましたが、富士山の一望できる小高い山の上にF1の車の排気音が大きく鳴り響いていていましたが、最近のHonda車でのF1の成績もサッパリ芳しくなく、耳元で煩くてしょうがないからさっさと鈴鹿サーキットにでも行ってやってくれと、墓の下から言っているような気もしましたよ。(笑 尤も、来年は鈴鹿に行きますから少しはのんびりできることでしょう。 ![]() また、この3日間での走行距離は1022Km と僅かながらではありましたが1000Kmの大台となりました。 〜 終わり 〜 |
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